逆転の思想−162        目次
              水道公論2016年11月号


 友達のありがたさ
 母が世話になった老人ホームに素晴らしい友達がいて、普段いろいろ世話してくれ、葬儀のときには納棺師が来る前に死に化粧までしてくれた。普通の主婦であるが機転が利き、親切で、なんでもできて、例えば幼児のような可愛い格好をして受け答えするおしゃべりロボット人形の着せ替え衣装をつくって母もいくつかもらっていた。体格が違う小さい人形に合わせて服の寸法を計算する難しいことをよくこなしていたものである。
 老人ホームはちょっと郊外にあるせいかもしれないが、多くの入居者は家族の訪問が少なかった。できるだけ行くようにしていたが常勤の時は月に1〜2回程度、非常勤になって母親の調子が悪くなってからは週一回くらいであったろうか。それでも訪問が多い部類であった。ホームではいろいろな集まりが企画されるが調子が悪くなると出られなくなり、部屋でもっと寂しい思いをすることになる。可愛い格好をして常にそばに居るおしゃべりロボット人形は、さわったり、呼びかけたりに反応し、季節の言葉を突然言い出したり、寂しい入居者にはけっこう人気がある。母が亡くなったあと、その友人に世話をいただいてホームの知り合いに引き取られ、可愛がってもらっていた。
 機転が利いて親切なこのような人がたまにいる。病院から帰ってきた日の夕方、お化粧をしたいがどうだろうかと訪ねてこられ、翌朝早く、化粧道具をもってきて短時間でやってくれ、納棺師が来る前に老人ホームの人達がけっこう弔問に来られたのでありがたかった。
 昼に納棺師がやってきて、若い女性が死に化粧をしてくれたが、当然朝やってもらったものの比較になってしまう。朝やってもらった化粧の方が素敵だったと身内に小声で話したつもりであったが、それが納棺師の女性に聞こえたらしく,筆者は知らなかったが、泣いてしまったそうである。
 他人の私的なことに立ち入るのは難しく、場合によってはいやがられるかもしれないし、相手の感情を考えないで押しつけのようなことをしてありがたさせる人間もときどきいる。
 他人に押しつけでない親切なことをしてくれるこういう友達がいるとありがたい。
 弁護士になった高校の同級生がいて、遺産相続トラブルで困って、ノイローゼになっていた隣家の問題を解決してくれたし、この随筆で裁判や政治に関わるときに意見を聞いたりして大きな助けとなっていたが,残念ながら亡くなってしまった。
 助けてもらってありがたがっているだけでは申し訳ないが、こういう人は一概になんでもうまくこなすのであまり困ることがなく、親切をお返しすことが難しいように感ずる。

注  雑誌では番号が161となっています。