MACRO REVIEW 日本マクロエンジニアリング学会誌 Vol.17 No.1 2004
首都圏のヒートアイランド対策と東京湾浄化対策への深層海水利用検討案
A study of Deep Ocean Water Potential for the Reduction of Tokyo Metropolitan Area Heat Island Phenomenon and Water Quality Improvement in Tokyo Bay 
 
亀田 泰武
KAMEDA,Yasutake
(株)クボタ 技術開発推進部
KUBOTA Corporation, R & D Planning & Promotion Dept.
<要旨>
 巨大都市圏の形成により、様々な環境問題を引き起こしている東京圏において、低温・低栄養塩濃度の深層水を夏場に取水し、利用してヒートアイランド現象対策、水質改善策に用いることの可能性について検討した。深層海水を取水できる可能性があるのは東京湾口部であり、大量の水を送水するための大口径・長大トンネルが必要となる。内径6m、延長70km程度のパイプラインのケースで、都心部発生熱量の最大8%程度、湾奥部の水質改善で2割程度の効果が試算された。
 ある程度の効果は期待できるが、トンネル設置のコスト、可能性が一番大きな要素であり、また効果が広い範囲にわたる公共的な事業効果に対して負担をどうしていくかなどさまざまな課題がある。
<キーワード>
深層海水、東京湾、ヒートアイランド、富栄養化、栄養塩類、トンネル、冷熱源
Abstract
Urbanization and population accumulation in Tokyo Metropolitan area, which has almost 30 million population, causing serious problems of heat island phenomenon and eutrophication in Tokyo bay. Possibility of deep ocean water is studied. Water of 200〜300m depth at the mouth of Tokyo bay may be suitable, as water temperature and nutrient concentration is relatively low there. Long pipeline of large diameter is necessary to transport ocean water. In the case study of 6 m diameter and 70km length pipe, 8% reduction of summer synthetic heat volume and 20% reduction of nutrient concentration in the inner part of Tokyo bay, may be expected. On the other hand, there are many problems of under sea tunnel construction technology, various impact to the environment, project revenue vs. huge construction cost etc..
<keywords>
Heat island, Eutrophication, Tokyo bay, Urbanization, Deep ocean water, Pipeline, Tunnel, Temperature, Nutrient,
              
1, はじめに
 東京湾流域は我が国の社会経済の中心であり、約3千万人もの人が住んでいる。また様々な大規模産業拠点が立地している。昭和40年代に悪化した水質も水質規制、下水道の整備など改善方策が進んできている。ただし青潮の発生などいまだ満足できる条件ではない。東京湾口は狭く、潮流による水の交換が少ないため、湾内の栄養塩類が停滞し富栄養化現象を引き起こしている。
 一方世界有数の巨大都市形成により、自動車や冷房から多大の熱が発生し、また緑地水面の面積が減少してヒートアイランド現象が顕著になってきている。
東京湾内の大部分は浅く、水深20〜30m程度である。横浜沖の最深部で40mくらいあり、そこから少しずつ深くなり観音崎沖で70mくらいが久里浜沖で急に深くなっている。深層海水の利用について様々な試みが行われている。急激に深くなっている観音崎付近からから取水して湾奥まで海底送水することが検討可能である。深層海水の取り込みによる、ヒートアイランド対策と栄養塩類濃度の希釈の可能性を検討するものである。
 
, 期待される効果
2−1, 熱利用
冷たい深層海水の熱を利用するものである。可能性としては冷房の冷熱源、火力発電などの効率向上と排熱の減少、温度差発電が考えられる。その効果として冷熱源の場合、ヒートポンプなどの電力消費節減、それに伴う排熱の減少は大都市のヒートアイランド現象に資するものである。
ヒートアイランド現象は人口産業が大規模に集中している大都市圏で発生する。人口や自動車交通、産業の集中により、熱発生量が増加する一方、緑地、水面など冷却効果を持つものがなくなり、このため周辺よりも大気温度が上昇し、これによって空調エネルギーがまた増加するという悪循環である。東京圏では1980年と2000年と比較した場合、過去20年間に7〜9月の30℃を超えた時間(推計)が168時間から357時間へと倍増している1)
この対策として空調の省エネ、屋上緑化など緑化区域の拡大などが求められているが大規模な施策は少ない。
有効な方法の一つとして地域外から冷房用などの冷熱源をもってくることがある。大量に熱を発生する火力発電などにも用いれば、発電効率の向上も期待でき、燃料消費の節減可能性がある。
2−2, 湾奥部の栄養塩希釈
 比較的栄養塩類濃度の低い深層水を湾奥部で排水することにより、周辺の栄養塩濃度を下げるとともに、栄養塩の湾外への排出をはやくすることができる可能性がある。東京湾の水質現況を見ると各種施策の実施により流入する有機物負荷は大幅に軽減され、河川の水質は改善されているが、湾内の改善が非常に遅い。過去20年のCOD値改善は2割程度である。湾の中央部において環境基準はAランクのCOD2mg/lであるが、実際には3mg/lに近い状況にある。流域からの汚濁物質の流入が減ったのに関わらず水質改善が進まない理由として栄養塩類の問題がある。現在多くの施設から窒素・リン
などの栄養塩類が排出されており、これが内部生産(藻類の増殖)に使われ、結果的に有機物量を増加させる富栄養化現象である。栄養塩類除去のためには多大の経費がかかるためあまり進んでいない状況となっている。特に北端の湾奥部の濃度が高い。リンについてみると湾の中心部が夏場0.09mg/l、冬場0.05mg/l程度に対し、湾奥部では夏場0.13mg/l、冬場0.08mg/l程度と5割程度高い値を示している2)。東京湾における水環境での大きな課題は湾奥部では栄養塩類濃度が高いため、夏場に大量の鞭毛藻類などが増殖し、これが海底に沈み、無酸素水塊を作り出すことである。秋になって、北から強い風が吹くとこの貧酸素水塊が逆に沿岸に引っ張られ、周辺の魚介類を生存できないようにしてしまう青潮現象がおこる。以上から湾奥部の夏場の水質改善が最も重要な課題であるといえる。
 
3,深層水の性質
 深層海水は水深が深くなると、温度は低下するが栄養塩類濃度が上昇する傾向にある。調査地域で、ばらつきがあるようであるが、東京湾口の測定で、Pは表層で10μg/l程度であるが水深200mで30μg/l程度、水深500mで100μg/l程度と深くなるにつれ濃度が上昇する。一方、温度は表層25℃程度が200mで15℃程度、500mで6℃程度となる。3)4)
 一方東京湾の水質であるが、リンについて見ると、湾奥部夏場でPとして130μg/l程度、中央で90μg/l程度であり、栄養塩の希釈を考えると、薄める海水P濃度は低い方が良い。
 
希釈と冷却双方を考えると、水深200〜300mで温度12〜15℃、P濃度が30〜50μg/l程度が検討の対象となる。
なお下水処理水の栄養塩濃度はリン1200μg/l、窒素17000μg/l程度と水深1000mの深層海水のリンで12倍、窒素で40倍程度の濃度である。
 
4,海底導水管の検討
 深層海水輸送システムは海底設置が考えられる。またポンプは陸上側に置き吸引する形が管理上好ましい。ルートとして三浦半島沖と200m水深が海岸に近い鴨川付近が考えられる。鴨川付近までの直線距離は68km。費用が非常に嵩むと予想される陸上施工が多くなる。ただし水深50mであれば九十九里沖まで56km。三浦半島沖は直線距離56kmと近い。これから横須賀付近と三浦半島沖から湾奥までの導水管を考える。
 深層海水採取地点から湾奥まで56km、2割余裕を見て68kmとする。
モデルを考える。 内径6mの配管で流速1.5m/秒で輸送とすると流水断面積28.3mで流量42.4m/秒、366万m/日となる。 ポンプによる総圧力損失は約6mとなり送水エネルギーは7万kwh/日程度である
5,深層水のエネルギー的価値
 深層海水の冷却能力を16℃とすると、1m当たりの冷却能力は1.6万kcalである。これは18.6kwhに相当する。
モデルの一日あたり利用可能総エネルギーは5.85×1010kcal(24.5×10 MJ)。これは68G(ギガ)wh/日(2.8Gw)の自然エネルギーに相当する。 
 この熱を都心部の排熱量と較べてみる。23区の8月ピーク時の排熱量は冷房10Gw、日射9Gw、自動車13Gw、電力給湯など11Gw、合計43Gw(3.7×1010kcal/時)とされており5)、モデルでは日射を除いた排熱量の8.2%の量となる。
 
6,湾内火力発電の状況と検討
6−1,発電所概要
東京湾内には10カ所の火力発電所があり、大半がLNG発電である。湾内で2148万kwの発電を、また栄養塩類濃度が高い湾奥部で過半の毎時1239万kwの発電を行っている。このうち東京都内では2カ所で181万kwの出力である。このほかにJRの火力発電所がある。
火力発電による熱発生量を計算する。仮に発電効率を45%ととすると、湾奥部で1239万kwの出力を出すために、27.5Gwの熱を発生させ、発電所からの排出熱量は55%の15Gwということになる。その熱量は1.3×1010kcal/時 である。火力発電所の稼働率を80%とすると、一日当たりの排熱量は25×1010kcalとなる。これはモデルの深層海水による冷却可能熱量の4倍強である。
6−2,深層海水の利用可能性
 品川、大井の発電所に絞り、発電効率45%とすると221万kwの発生熱量(19億kcal/時)となり、これをモデルで冷却すると深層水の6割強が使われる。
6−3,発電効率の向上
 日量百万m(11.6m/秒)の取水をする60万kw級火力発電所で、取放水温度差7℃が深層水で16℃まで出来る場合の試算によれば、発電効率が0.5〜1%向上し、深層水1m当たり0.2〜0.5kwhの省エネ効果があるとされる。6)
日量百万t、16℃上昇の熱量は6.7億kcal/時、また60万kwは5.2億kcal/時。
 発電効率43%とすると総発熱量は12億kcal/時。排熱は6.8億kcal/時となる。発電効率が0.75%向上したとすると、向上前では効率が42.25%、総排熱量は12.2億kcal/時、排熱量は7.1億kcal/時となり、0.2億kcal/時の燃料節約になる。一日の発電率を8割とすると、石油換算で38t/日の燃料節約となる。
モデルで取水全量が火力発電所冷却水として用いられた場合、366万kwの発電に使われ、139t/日の燃料節約をもたらすことになる。ただ大量の深層水を輸送する事業規模からするとこの効果は少ない。
 
7,ヒートアイランド対策
深層海水の送水による総体の冷却効果は最大2.8Gw。排熱密度が高く、夏場の温度上昇が懸念される都心部への利用を考える。空調、電力給湯、自動車などの人工熱発生の中で、大量の熱交換を行っている排熱源に使うことになる。まず空調の冷熱源として使えれば、ヒートポンプなど大気の温度を上昇させ、電力を消費する施設を使わずにすむ。臨海部などの大規模開発に、冷熱を供給することが考えられる。ただ、水温が12〜15℃と冷水源としては多少高いこと、海水をそのまま冷熱源として使用すると機器の腐食などがあること、また淡水に熱交換すると効率が落ちることがある。深層海水の特性を考えた効率的冷熱利用システムを開発していくこととなる。
また23区の発電所で深層海水を使った場合、排熱が大幅に減る上に燃料節減により排熱が0.9億kcal/時減ることになる。これは0.1Gwに相当する。
一方、深層海水の活用がなされた場合、気温が多少低下し、冷房エネルギー需要の減少も見込むことができる。ただし、この効果算定は非常に難しい。
 
8,湾奥部の希釈効果
 湾奥部は東京23区の河川、荒川、多摩川が流れ込んでいる。流域の下水量は一日東京580万m、埼玉170万m3 7)。河川水も入れて流入淡水推定1000万m/日を深層海水で希釈すると考える。単純に計算してモデルの366万mの深層水によって、湾奥部P濃度0.13mg/lは2割弱減って0.11mg/lになると予想される。
 また湾奥の流入水量が3割増加することによって、湾奥部滞留時間がその分短くなり、藻類などの増殖速度が落ちることが考えられ、効果は相乗的にあると予想される。ただ湾内は潮汐の流れによる出入りも大きく、その解析には複雑な計算が必要となる。
 
9,課題
 9−1、プロジェクトの効果
 方策の効果がどれくらいの価値になるのかについて詳細な検討が必要である。深層海水の湾奥への輸送は、海水の大量取水、大規模パイプライン建設と冷熱源への利用の課題がある。発電所における深層海水利用可能性は、深層海水取水がもっと容易にできる発電所があるので、まずそちらで実施検討実用化を進めることが重要である。
 9−2、大規模パイプライン建設技術とメンテナンス
 直径が数メートルという大規模海底パイプライン建設は現段階で可能ではあるが非常にコストが高く、建設工法の革新的な進歩がないと実施可能性が少ないと考えられる。ただ海底敷設は掘削土量が少なく、大型機械、配管材の輸送も陸上に比較して容易と考えられ、管設置の自動化が進めば相当のコスト削減の可能性がある。一方材質は水の輸送途中で温度上昇が起こらないようなものでないといけない。管のメンテナンスについては、海水を流すため、貝類などの付着成長が考えられ、運転休止時期における清掃作業の自動化が必要である。
 9−3、環境への影響
 深層から大量の取水をすることにより、取水点周辺海水の状況がどう変わるのか。また影響が少ない取水の方法はどういうものになるかの検討が必要。
パイプラインの稼働は夏場に限られるが、深層海水の排水により周辺環境にどういう影響を与えるのか、綿密な検討が必要である。
9−4、ヒートアイランド対策効果の価値
このような大規模なヒートアイランド対策について効果と必要な費用予測をして、どの程度の経済性が見込まれるか、またその費用を誰がどう負担するのか検討していく必要がある。
9−5、深層水性状の変動
大量取水する深層水の水質が安定しているかどうか。必要な水質が水温と栄養塩類濃度の微妙なバランス上の上にあり、少しの変化が大きな問題となる可能性がある。
9−6、水質改善方策としての価値と費用負担
輸送施設の建設、運営に必要な費用にたいしてその水質改善効果の妥当性がどのような評価になるのか。また費用をどのように負担するのか。
10,まとめ
 東京湾口の低温海水を大量に湾奥部まで海底輸送し、ヒートアイランド対策と、水質改善策に用いる可能性について検討した。温度が低く、栄養塩濃度が高くないという相反する要素から、水深200〜300m程度の深さから取水することが考えられ、ある程度の効果を上げるためには大きな規模の送水が求められる。相当の効果は見込めるものの、費用負担、信頼性、環境影響など多数の課題がある。特に革新的な大規模海底配管手法の開発が必要である。
参考
1)ヒートアイランド対策に係る大綱(仮称)策定に向けて 参考資料 ヒートアイランド対策関係府省連絡会議
2)東京湾の水質概況 東京湾岸自治体環境保全会議
http://www.tokyowangan.jp/suisitu/suisitutop.html
3)日本近海海洋汚染実態調査 H2年
4)三浦ディーエスダブリュ株式会社HP    http://www.miura-dsw.co.jp/aboutwater.htm
5)ヒートシンクを利用したヒートアイランド対策技術 玄地 裕 ヒートアイランドシンポジウム 平成15.3.19
6)エネルギー使用合理化海洋資源活用システム開発研究報告書 NEDO
7)東京湾に対する下水道からの負荷量     活き活き東京湾研究会HP                     http://www5e.biglobe.ne.jp/~tokyobay/gesuisho1.htm
 
プロフィール
亀田 泰武(かめだ やすたけ)
環境技術者(工学博士)
(株)クボタ技術開発推進部
専門分野 水環境、下水道
http://homepage3.nifty.com/ykykqwc/